看護師に求められるリスクマネジメントとは|具体的な事例と対策を解説

看護師 リスクマネジメント

1999年、ある大学病院で肺手術と心臓手術の患者が取り違えられ、誤った手術が行われるという重大な医療事故が発生しました。この出来事をきっかけに、医療の安全性に対する社会的な注目が一気に高まりました。

しかし、それ以降も医療現場では大小さまざまな事故やヒヤリ・ハット事例があとを絶たず、医療安全に向けた取り組みの重要性が一層強く認識されるようになっています。

医療の現場には、投薬や点滴、患者の取り違え、機器トラブル、感染など、日常業務の中に多くのリスクが潜んでいます。本記事では、そうしたリスクをどのように把握し、どのように対策を講じていくべきか、看護師が現場で実践できるリスクマネジメントの具体的な方法を解説します。

1. リスクマネジメントとは

リスクマネジメントとは、将来起こるかもしれない危険や問題(リスク)を事前に見つけて分析し、そのリスクによる損失を防いだり少なくしたりするための方法です。

医療におけるリスクマネジメントでは、医療事故、誤薬、転倒、感染症、ヒヤリ・ハットといった、患者や医療従事者に影響を与えるさまざまなリスクがあります。リスクマネジメントでは、これらのリスクを事前に把握・評価し、事故を未然に防ぐこと、あるいは発生した場合でも被害を最小限にとどめることが目的です。

看護師は、患者に最も近い立場で日々のケアや観察を行っているため、現場でのリスクにいち早く気づく可能性があります。そのため、看護師が積極的にリスクマネジメントに関与することは、安全で質の高い医療を実現するうえでとても大切です。

2. 看護師が直面する医療事故・ヒヤリハットの実態

日本医療機能評価機構が公表したデータによれば、2023年に報告された医療事故は6,070件にのぼっています。

医療事故情報の報告件数と参加医療機関数

さらに、医療事故に関与した職種別のデータを見ると、医師が3,944件、看護師が3,549件となっており、看護師の関与件数も非常に多いことがわかります。

加えて、2023年のヒヤリ・ハット事案に関与した職種のうち、看護師は24,237件と、医師の2,145件と比べて圧倒的に多く、看護の現場におけるリスクの多さが際立っています。

・医療事故に関与した職種

医療事故の当事者職種

ヒヤリ・ハット事例

ヒヤリハットの当事者職種
日本医療機能評価機構の調査を参考に弊社にて編集加工をしております

出典 :日本医療機能評価機構「医療事故情報収集等事業 2023年 年報」

3. 看護師が直面する主なリスク

看護師は患者の最も身近な存在であり、日々の業務の中で多くのリスクに直面します。ここでは、現場で特に注意が必要とされる主なリスクについて、それぞれの背景と対策を交えて解説します。

3-1. 投薬・点滴ミス

薬剤の投与や点滴は、指示の読み違いや確認漏れがあると投薬ミスなどの重大な医療事故を招く恐れがあります。実際に日本医療機能評価機構の2023年のデータでは、ヒヤリ・ハット事例のうち36.3%が薬剤に関するものでした。

医療事故の概要

こうした投薬ミスと密接に関係しているのが「患者誤認」のリスクです。氏名や発音が似ている患者同士の取り違え、記録の転記ミス、患者自身の思い込みによる自己申告の誤りなど、原因はさまざまです。

これらのミスを防ぐためには、まず薬剤投与の指示内容を明確にし、表記の統一を図るとともに、看護師同士のダブルチェックを習慣化することが基本です。さらに、患者識別にはバーコード認証やリストバンドの活用が有効です。

3-2. 感染症リスク

看護の現場では、常に感染症に対する備えが必要です。患者の血液・体液との接触や、飛沫・空気中への病原体、汚染された器具、針刺し事故など、さまざまな感染経路が存在します。日々のケアや介助で病原体に触れる機会が多いため、手洗い・手袋・マスクの着用、消毒など基本的感染対策の徹底が不可欠です。

万が一感染リスクに直面した場合は、速やかな報告と適切な対応が求められます。看護師自身と患者、スタッフの安全を守るため、日常的なリスクマネジメントの実践が重要です。

3-3. 転倒・転落リスク

高齢者や身体機能が低下した患者に対しては、移動や体位変換の際に転倒・転落のリスクがあります。これを防ぐためには、患者ごとの状態を正確にアセスメントし、環境整備やベッド柵の活用、見守り体制の強化などの対策が必要です。

チームでの情報共有を通じて、予防の意識を全体に浸透させることが効果的です。

3-4. 医療機器・器具の取り扱いミス

医療現場では、点滴ポンプや吸引器など多様な医療機器・器具が使われていますが、取り扱いミスによって患者の体調悪化や感染、命に関わる事故が起こるリスクがあります。

操作手順の誤りや整備不良を防ぐためには、日常点検の習慣化とマニュアルの徹底、実践的な研修が不可欠です。

3-5. コミュニケーションのミス

看護業務には、医師や他の看護師との密な連携が欠かせません。しかし、口頭での申し送りや指示が正確に伝わらないと、誤薬や処置ミスなど重大な医療事故につながる危険があります。

ミスを防ぐには、確認作業を省略しないこと、情報を整理して明確に伝えることが大切です。また、伝えた内容を復唱して互いに確認(チェックバック)することで伝達エラーを防げます。日頃から「伝えたつもり」「聞いたつもり」をなくし、安全な医療を実現しましょう。

4. 事例から学ぶ適切なリスクマネジメント方法

医療現場においてインシデントを未然に防ぐには、過去に実際に起きた事例から学ぶ姿勢が欠かせません。その実践手法のひとつが「PDCAサイクル」です。

PDCAとは、Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Act(改善)の4つの段階を繰り返すことで、継続的に業務の質と安全性を高めていく手法です。

看護の現場でも、過去の事例をもとにこのサイクルを活用することで、実効性のある再発防止策を講じることができます。

ここでは、PDCAサイクルを活用したリスクマネジメントの具体例を見ていきましょう。

事例①:別患者の採血管に血液を採取

採血業務中に、看護師が誤って別の患者のラベルが貼られた採血管に血液を採取してしまうという事案が発生しました。後に、検査データと症状の不一致を医師が指摘したことでミスが判明しました。

PDCAサイクルに基づく採血時の患者誤認防止策として、まず過去のインシデント記録を洗い直し、患者誤認に関する事例が複数存在することが判明しました。採血室の混雑時には確認作業が流れ作業になっているという現場の声も踏まえ、多忙時の確認作業の形骸化といった問題点を把握しました。

実行段階では、患者確認手順の統一や氏名・生年月日・リストバンドによる確認、ダブルチェック体制の導入、スタッフ配置見直しなどを行います。

実施後の評価では、研修の参加状況や日々の業務をモニタリングし、確認ミスの報告が明らかに減少していることを確認し、スタッフの手応えや業務効率への影響についてもアンケートを通じて把握しました。

最後に改善段階として、さらなる再発防止に向けて、リストバンドのバーコード読取や電子カルテとの連携による自動照合の導入も検討され、あわせて新人研修で患者確認の重要性を繰り返し指導する体制が整えられました。

事例②:はさみでテープを剥がすときのチューブ誤切断

あるケースでは、中心静脈カテーテルを皮膚に固定していたテープを切除する際、医師がはさみで皮膚と固定部を一緒に切断しようとしたところ、誤ってカテーテル本体を一緒に切ってしまい、皮下での断端確認後に摘出手術を行う必要が生じました。

別の事例では、人工呼吸器に接続された気管チューブの固定テープを貼り替える際、看護師が誤ってチューブそのものを切断し、その結果患者の気道確保が遅れ、致命的な結果を招いたとされています。

まず、過去に発生した切断事故の傾向を分析し、「固定テープの交換時」や「体に密着した部位での作業」など、リスクの高い場面を明確化しました。

次に実行段階として、「切る作業」と「剥がす作業」を明確に区別し、用途に応じて器具を使い分けることや、粘着力の強いテープを外す際には専用のリムーバーを使うことなど、具体的な手順をマニュアルにまとめました。

実際に対策が現場で守られているかを確認するため、器具の使い分けや確認手順が現場に定着しているかを観察し、ヒヤリ・ハット報告をもとに改善効果を検証します。

さらに改善策として、再び作業手順の見直しを行い、例えばはさみの使用を最小限減らす、見やすい色のチューブやテープを使用して視認性を高めるなど、新たな工夫も取り入れました。これらにより、切断事故のリスクを根本的に抑えることを目指しました。

事例③:認知症患者がベッドから転落し骨折

療養型病棟に入所していた大腿骨頚部骨折の既往を持つ88歳の患者が、夜間にベッドから転落し骨折するというインシデントが発生しました。

さらに別の場面では、同様の認知症患者が自力での移動が困難と判断されていたにもかかわらず、わずか数分間の隙をついてベッドから転落しました。

幸い大きな外傷はなかったものの、いずれのケースも高齢・認知症という属性に起因する転倒リスクの過小評価が背景にあったと考えられます。

原因を分析した結果、患者が自ら動けないという思い込みがあったこと、バルーンカテーテルを自分で引き抜こうとする行動が見られていたこと、さらにベッド柵の不完全な設置や観察体制の不備が複合的に作用していたことが明らかとなりました。また、病棟の構造上、常に目が届く病室への配置が難しいという物理的制約も課題となっていました。

こうした課題をふまえ、実行段階では認知症患者への転倒予防を最優先課題とし、離床センサーや転倒防止着衣の導入、夜間巡回の頻度増加、行動記録の強化など複数の対策を実行に移しました。加えて、看護師へのアンケート結果をもとに、転倒リスクを評価する手順の再教育や標準化も同時に実施しました。

そして、インシデント(事故やヒヤリハット)件数や事故状況、スタッフやご家族の意見を定期的に評価しました。一定期間の運用後、転倒に関する新たなインシデントは確認されず、導入した対策の有効性が示されました。

さらに改善策として、今後も評価結果をもとにリスクを継続的に確認し、転倒防止のためセンサーマットなどの機器導入の検討や、病床の配置の見直しなど、現場に合った対策を続けて改善していくことが大切です。

5. リスクマネジメントの実践方法

ここでは、PDCAサイクル以外のリスクマネジメントの手法について解説します。

5-1. インシデントレポートの活用

インシデントレポートは、実際に発生した事故やヒヤリ・ハット事例を記録し、そこから事故の構造や背景要因を分析するための重要な資料です。

多くの事故は単一のミスではなく、複数の小さな要因が連鎖して発生するため、表面的な原因だけにとどまらず、「なぜ、その行動が起きたのか」という背景まで考えることが大切です。

分析を進めるうえで大切なのは、ヒヤリング(インタビュー)です。インシデントに関わった職員から直接話を聞くことで、表面化しない潜在リスクや心理的要因も明らかになります。聞き取り時は、話しやすい環境作りやオープンクエスチョンの活用が重要です。

5-2. 5S活動による作業環境の改善

医療の現場では、業務の正確性と安全性を高めるために「5S(整理・整頓・清掃・清潔・習慣)」の考え方が広く活用されています。

「整理」は、必要なものと不要なものを明確に分け、不要なものを排除することです。例えば、使われていない医療器具や期限切れの備品を放置すれば、探す手間が増え誤使用の危険も高まります。

「整頓」は、必要な物品が誰でもすぐに取り出せるように配置し、ラベル分けや保管場所の統一で取り違えやミスを防ぎます。

「清掃」は単なる掃除だけでなく、器具や設備の点検による異常の早期発見にも役立ちます。

「清潔」は、整理・整頓・清掃によって整えられた状態を維持することを意味します。

「習慣(しつけ)」は、これら4つの取り組みを継続的に実践するための基本的な心構えを指し、ルール遵守と均一な行動が重要です。5Sの継続で、ヒューマンエラー防止や安全な医療現場づくりに繋がります。

5-3. KYT(危険予知トレーニング)の実践

医療現場では、日々の業務の中に潜むさまざまなリスクに対して、未然に気づき対策を講じる力が求められます。こうした「事前の気づき」の力を養う手法がKYT(危険予知トレーニング)です。

KYTは、実際の業務を想定し、どこにどのような危険が潜んでいるかを話し合い、予測し、事前に対応策を立てるトレーニングです。

例えば、手術中に器具のカウントミスや投薬ミス、患者の取り違えが起きるといった医療事故の芽を早期に見つけ、対処法を考えます。

トレーニングでは、仮想事例を用い、参加者がそれぞれの立場から意見を出し合いながら、チームで具体的なリスク対応策を学びます。

KYTの最大のメリットは、異なる職種のメンバーが意見を共有することで、多様な視点から危険に気付き、他者の考えにも触れられる点です。

5-4. 医療安全ラウンドの導入

医療安全ラウンドは、研修や情報提供の後に現場を巡回し、手順が正しく守られているかを確認する取り組みです。

注射手順や患者誤認防止、転倒転落対策、薬剤管理、アラーム対応などの項目を重点的にチェックします。あらかじめ対象部署に目的と期間を通知し、看護師のリスクマネジャーとともに実施します。現場で患者への対応や器具の配置状況などを観察し、気付いた点をその場でフィードバックします。

ラウンドの評価は「100%」「80%」「50%」「30%以下」の4段階で実践度を数値化し、その結果をもとに研修やルールを見直し、現場の安全性向上を図ります。

6. 医療安全管理者の設置と研修について

医療現場では、患者の安全確保と医療事故防止のため、組織的な安全管理体制の整備が法令で義務づけられています。

厚生労働省は医療法施行規則の改正により、医療安全管理者(リスクマネジャー)を設置し、職員教育や医療事故報告体制の整備など、安全対策を医療機関ごとに明確に定めました。

病院などの管理者は「医療の安全管理のための指針」策定や「医療安全管理委員会」の設置、継続的な従業員研修、安全管理者の専任配置など、具体的な措置を講じる責任を負っています。これらの取り組みにより、医療現場全体で安全文化が醸成され、患者の信頼を得ることにもつながっています。

また、日本看護協会では、「医療安全管理者養成研修」を展開しています。

インターネット配信による講義と、都道府県看護協会と連携した集合形式の研修を組み合わせたカリキュラムで、看護職だけでなく多職種も受講可能です。内容は医療安全体制の構築や事例対応、チーム運営など、現場で即活用できる実践的な内容です。

その他にも、東京都看護協会など各地域でも独自の医療安全研修・セミナーが開かれ、リスクマネジメントの現場力強化が進められています。

こうした取り組みにより、医療現場全体の安全意識と専門性が高められています。

研修についてはこちらを参考にご確認ください▼
日本看護協会「医療安全管理者養成研修」
東京都看護協会「令和6年度 医療安全に関する研修の案内」

参照:日本看護協会「医療機関等で求められる安全管理体制」

7. まとめ

患者と密接に関わる看護師には、医療現場におけるリスクの早期発見と対策が求められます。投薬ミスや感染症、転倒事故、コミュニケーションエラーなど、日常業務のなかに潜むリスクを放置すれば、重大な医療事故につながる可能性があります。

本記事では、看護師が現場で実践できるリスクマネジメントの考え方や、PDCAサイクルを活用した再発防止の取り組み、KYTや医療安全ラウンドといった対策について詳しく解説しました。

安全な医療の実現には、組織全体での継続的な意識改革と、個々の看護師による積極的な関与が欠かせません。今後も現場の声を反映した柔軟なリスクマネジメント体制を構築し、患者の安心と信頼を守る医療を支えていくことが求められます。

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